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かわいい訪問者 2

last update Last Updated: 2025-06-17 23:29:40

小さなときから祖母の世話まで押しつけられているなんて、本当に酷い。

「コリーの父親はどこで働いているのかしら?」

私が気になって口を出す。

「父親は商人らしいです。いろいろな町に行くので、あまり家にいなくて寂しいと言ってました。帰ってくると三人でご飯を食べて楽しく過ごしたり、お芝居に連れて行ってもらったりしたと言ってました。私も同じお芝居を見たことがあって、それでコリーとその芝居の真似をして遊んでいました」

「お芝居の真似なんて楽しそう」

私が言うと、黙って聞いていたアレックスが口を開いた。

「子供が見れる芝居は限られていたからな。旅芝居の巡業だろう。旧市街、カラバーン、ヌーンブリッジみたいに順番に回ったんだろう」

「はい。そのお芝居は確かローラと言う女の子が家族と喧嘩をし、家出をしていろいろ不思議な場所に冒険に行くんです」

「聞いたことあるかも……」と私。

「私たちもこの街から出て、どこか素敵な国を冒険したいねとよく二人で言ってました。特にコリーは強く望んでいました。二人だけで暮らしたいと」

「……それは環境のせいなのか」

アレックスが尋ねる。マーゴは頷いた。

「彼の顔に……殴られたような傷があるのに気づいて。よく見ると腕や足にも。転んだにしても、そんなところは怪我しないだろうという所に」

それはまずいわ。私は話しに割って入った。

「それは誰かに知らせたりした?」

アレックスはため息をつく。

「大人に言えるなら苦労しないんだよ」

それはそうだけどー

「二人とも十歳前後なんだぞ。誰かに言うとか考えつかないだろ、バカなのか」

バカってなによ。

「そうなんです。誰かに助けてもらうなど考えられませんでした。慰めたり手当てをすることしかできなくて。彼は内緒で公園に来ていたのでバレたら大変なことになると、私たちは思っていました」

ふいにマーゴの声が上擦った。今にも泣きそうな弱々しい声。

「そして最後に会った日、私たちは……」

マーゴはまるで、罪の告白をこれからするかのよう。

彼女は自分の両の腕をさすりながら、辛そうに話を続けた。

マーゴは深く息を吐いた。

「あの日、コリーは母親に強く打たれたのか、両頬が赤く腫れ上がっていました。足にも小さい傷がたくさんあり、引きずって歩いていました」

その後、マーゴは黙ってしまった。アレックスも急がせることもなく、ただ黙っていた。

「……言ったんです。コリーは一緒に逃げようって、言ったんです」

子供二人で逃げるなんて不可能だ。生きていけるはずがない。

「それで?」

「それは無理よ、だったら……私の家に一緒に行こうと言いました。でも彼はひどく嫌がりました。私は彼の腕を掴んで、カルバーンの中心部にある私の家に無理に向かおうとしました。すると彼は狂ったように大声で叫びました。やめろ! ……と」

自分の家に、連れ戻された後のことを想像し、叫んだのかもしれない。

「コリーはその後もわけのわからない、切り裂くような声を出して、私を急に叩いて……僕はこんなに目に合ってるのに、お前はずるい! と言うのです」

「えっ?」

私はおもわず声を出した。マーゴと比べてずるいと思ってしまうのは、幼い子供ならではだ。

「私はコリーから逃げながら、そんなこと言うならもう絶交よと言いました。それでも彼は追いかけてきて、私を打ちました。お前ばかり得をしてずるいと言うのです。驚きました。でも子どもってそうですよね。コリーからしたら普通の家庭が羨ましい。コリーのそのときの顔は、怒りに満ちていました。こんなことは初めてで」

彼女はひと口紅茶を飲んだ。

「彼は近くにあった大きい石を掴みました。背筋が凍りました。コリーはそんな暴力を振るう子ではなかったんです。母親から叩かれ、パニックを起こしていたのかもしれません。それは後から思ったのですが……怖くなって振り向きもせず、私はひたすら走って帰りました」

矢継ぎ早に彼女は話し、涙を浮かべた。

「彼とはそれっきり会っていません」

胸が痛くなった。その話が本当なら、コリーはもしかしたらもう生きてはいないかもしれないとまで思った。

あるいは施設に引き取られた可能性がある。身寄りのない子の行く施設に。施設を探せば……。何か手がかりがあるんじゃ?

「コリーと会うつもりはありません。無事でいてくれたらいいのです」

彼女は半ば呆然としている。なにかを諦めているように見えた。私たちは少しの間沈黙した。

「どうして今、探そうとした?」

ずっと黙っていたアレックスは、少し詰め寄るような聞き方をした。悲しんでいる彼女にはきつい口調だと感じた。なので私は意見を出した。

「向き合うには時間がかかるわ」

「てめぇは黙ってろ!」

アレックスはバシンと机を叩いた。

マーゴは黙ってずっと首をかしげている。

「劇の巡業のチラシを見かけたんです。急に昔の……コリーとよくお芝居の真似をしたことを思い出して。久しぶりにカルバーンに来てー」

「どこから? あんたはどこから来たんだ?」

アレックスが尋ねる。彼女は腕をさすった。

「どこからって? それはコリーの行方と関係あります?」

マーゴの口調がきつくなっていた。

「あるね」

「そうは思えないです。探す気がないのなら、時間の無駄ですね」

「無駄なことはない」

「私のことより、貧民街の人たちにコリーのことを聞かないのですか? あの公園を見てみるとか」

「公園はない」

「その可能性は大きいわ。変わったわよね、この十年で。すごく栄えて大きな工場もー」

私は口をはさんだ。

「黙れ」

「あります! 私たちはずっと、その公園で遊んでいました。たくさん話しました。私の気持ちをわかってくれるのはコリーだけだった。本当の私のことを……知っているのは彼だけ……」

「あんたずっと……」

アレックスはマーゴをじっと見つめた。それから消えるような声で言った。

「病院にいたんだろ?」

病院? どう言うこと?

マーゴはこの通りの数軒先に住んでいると言っていたはずだわ。

「退院して、カルバーンに来たばかりなんじゃないのか? だから顔も全く焼けてない。洋服がアルコール臭いのは消毒液の匂いか。さっきスカートの中に入ったとき思った」

彼女は否定しない。黙って正面を見ている。

「ちょっと失礼」

アレックスは立ち上がり、マーゴの長袖のブラウスのカフスを急に外して、二の腕まで捲り上げた。あまりにも突然だったので誰も阻止できなかった。

「ちょっ、本当に失礼よ!」

アレックスが女性でよかった。保安官に捕まってしまうわ。

「あっ」

私は思わず声をあげてしまった。そこにあったのは切り傷だらけの細くて白い腕だった。手首から肩の近くまで無数にある。全て古くて、最近の怪我ではない。

「あんたはマーゴでもあり、コリーでもあるんだ」

私は口を押さえた。

「貧民街はもう5,6年前に旧市街(オールドタウン)と言う名称になった。呼び名も最近はすっかり定着している。なのにあんたは、俺が訂正しても貧民街と言う。相手を低く見ているのかと思ったが、そうも見えない。純粋に知らないんだよな。隔離されていたから」

マーゴはため息をついた。

「いつも先にコリーが公園にいるのは、マーゴの人格がそれまで隠れているからじゃないのか?」

彼女は下を向いている。

「あ、あぁ……ああ……」

彼女は低い声を出した。私たちは息をのんだ。マーゴは何か取り憑かれたように、ふふふっと笑った。少し恐ろしいような悲しいような気持ちになった。

「ふふふ……あぁ……私、前に進めてないんですね。時間をかけて治療して、私の中からコリーは出ていったのに」

マーゴはゆっくりと続けた。

「母親はとても弱い人でした。被害妄想もあって。私のせいで父親が帰って来ないと言って、私をよく打ちました。そのうち評判の悪い宗教にすがるようになりました。娘の体を刻んで悪い毒を出さないと、娘は死んでしまうなどと言われ……私の体をナイフで何度も切りました。とても痛くて恐ろしい体験で、もう耐えられなくなって……」

「コリーが出てきた」

アレックスが呟く。

「はい。母親はずっと機嫌が悪いわけではないので、そのときはマーゴの私です。あの恐ろしい儀式が始まると、私は毛布に包まるようにして奥に引っ込み、コリーに任せていました。儀式が終わると、その後は必ず二人で慰め合ったり遊んだりしたのです」

マーゴは冷めた口調で囁く。

「自分の部屋の中でですけど」

家に行こうと提案したら、パニックを起こして叫び出し、必死に抵抗した理由。マーゴをずるいと言った理由……。

つまりそういうことなのだ。

マーゴは涙を流した。そのことを理解するのに数年かかったと言った。

「傷ついたコリーを優しく慰めて手当をすることで、私は自分に起こっている出来事をまるで他人事のようにして、耐えていたのだと病院の先生から言われました」

「どうやって助かったんだ?」

「私は学校に行けないほど貧血で弱っていました。心配して見に来た祖父に発見されました」

私は息を吐いた。よかった。

「祖父は、自分はコリーだと言って暴れて泣き叫ぶ私を見て、衝撃を受けたそうです。もちろん私は覚えてませんが」

「入院した前後の記憶もないのだろう」

彼女は頷いた。

「はい。コリーでしたから」

記憶は数年分ないのですと、マーゴは淡々と話す。

「祖父がずっとお見舞いに来てくれていたようで。とても元気な人で。これからは私が祖父に恩返しをしないと」

「よかった。マーゴさんも無理はしないでくださいね」

「はい。騙すようなことをしてすいません。誰かにコリーのことを知ってもらいたかった。私が彼を忘れてしまう前に。どんどんコリーの存在が消えてきているんです。母親のことも」

「そういった治療なのかもしれないな」

アレックスは特に驚いていない。

マーゴは急にはっきりとした口調で-

「コリーは私を許してくれますか?」

「ああ。元から恨んでない。ずっとあんたの幸せを願ってる」

私も大きく頷いて、マーゴを励ます。

「そうね、幸せにならなくちゃ」

マーゴはアレックスを見て笑った。ここに来て、初めて見た心からの笑顔。

不意に呼び鈴が鳴った。

彼女が話し終わったのを見計らったかのように、一人の男性がやってきた。

「はうっ」

とても背が高く気品溢れる雰囲気に圧倒され、私は変な声を出してしまった。恥ずかしすぎる。

「失礼しました。怖がらせてしまいましたねお嬢さん」

「い、いいえ! こちらこそ失礼しました」

彼は深々と頭を下げ、黙って分厚い封書をテーブルに置いた。

そして会釈をすると、マーゴをスマートに連れて出ていった。それはあっという間の出来事で、私たちは面食らってしまった。

「はぁん? なんだよあれ、気味の悪い男だな」

どの口が言うのか。

「かっこよかったわ。背が百九十センチくらいあったわよ。ちょっと驚いちゃったわ」

「そんなに高くないだろ?」

「そう? でもすごく高かった。それに礼儀正しくて優しそうな人ね」

「ケッ。てめえの目は節穴だなぁ!」

アレックスの悪態は聞こえないふりをして、ベランダに出た。

窓から通りをのぞくと、紳士はマーゴの肩をそっと抱くようにし、停車している辻馬車に乗り込んでいた。

レディファースト。女性をとても大切に扱ってくれる紳士だわ。

アレックスはすぐさま封書を破いた。

「おっー、すごいすごい! 見ろ! 一週間かけて汚い猫を探してやっと貰える額が、たったの二時間で手に入った!」

アレックスは封書をグシャグシャにして細長い引き出しにいれ、貰ったお金だけを別の箱に移した。

その中から一枚のお札を私に渡した。

「レベッカ、お前は買い出しに行く時間だ」

「あ、本当ね。いい時間だわ」

「牛乳が足りない。二本買ってこい」

「そんなに飲んだらお腹を壊すわよ」

アレックスは上機嫌で、私の頭をくしゃくしゃにするように触った。

アレックスの横を通り過ぎるとき、そうやって私の髪を触るのだ。まるで散歩中の犬をすれ違いざまになでるように。

「バカだな、あたしがこんなに飲むわけないだろ! 飲むのはこいつ。この薄汚い猫、いや、このお客様に飲ませてやらないと。上等なやつをな!」

まだぐっすりと眠っている猫を見つめ、彼女に聞いた。

「この猫、すぐに返すのではないの?」

「さっき訪ねたら、依頼主が酷い風邪を引いて熱を出していてな。あと二、三日、世話をお願いしたいとさ。また金がもらえる!」

すこぶる機嫌が良いアレックス。

「だから連れて戻ってきたのね。アレックス、今日は調子がいいわね。偏頭痛もなさそう。マーゴの二重人格も早く気づいていたみたいで」

「ああ、スカートの中にもぐったとき、足に傷がたくさんあったからな。気になっていた」

「なによそれ、ずるくない?」

「匂いも薬だったしな」

人並み外れたアレックスの嗅覚。今回も役に立っている。

「人形のような服装は怪我を隠すためだったんだよ」

確かにそうだ。

「……人は見た目ではわからないものね。とても素敵だったから、上流貴族のお嬢様なのかと思ったわ」

「……レベッカ、お前はもう少しマシな格好をしたほうがいいぞ。若ければかわいいと思ってもらえると思うな。髪型からしてお前ヤバいからな」

そう言ってアレックスは私の顔の前で、ぶんぶん人差し指を振っている。自分の髪をそっと触ってみた。右側がだけが特にくしゃっとしている。

「なによ、もう! アレックスがくしゃくしゃにしたんでしょ!」

思わずアレックスのせいにして、彼女の背中を叩く。本当はいつもはねているのだけど。

私が大きな声を出すと、眠っていたかわいい訪問者はビクッと体を震わせた。

*****

アレックス商会の薄汚れた看板ー

深夜十二時。

真っ暗な部屋の中、細長い引き出しの中からグシャグシャの紙をもう一度、開く者がいた。

『互いの秘密を共有しようじゃないか』

蝋燭の火を移し、手紙を燃やす。秘密という文字はあっという間に消滅していった。

炎で人影が浮かび上がった。その人影はすぐに小さくなって見えなくなる。

そこに再び現れたのは獣の影だった。

低い唸り声が響いた。

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